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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)398号 判決 1961年12月23日

判  決

大阪府堺市南庄町一丁目四十番地

原告

新井実

同所同番地

原告

ニューホープ実業株式会社

右代表者代表取締役

新井実

右両名訴訟代理人弁護士

若林清

右訴訟代理人弁護士

上野修

竹上英夫

遠藤誠

原告両名輔佐人弁理士

村田有史

東京都中央区日本橋橘町三番地

被告

ラーモ・エス・サスーン

右訴訟代理人弁護士

日野魁

同都杉並区阿佐ケ谷五丁目三十八番地

被告

株式会社加藤産業

右代表者代表取締役

星野政子

右訴訟代理人弁護士

岡本乙一

吉本英雄

高島信之

安達徹

根本博美

右訴訟復代理人弁護士

和田順三

右当事者間の昭和三五年(ワ)第三九八号意匠権侵害排除損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告らの請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告訴訟代理人は、

(一)被告らは、原告らに対し、別紙第一物件目録記載のラジオ受信機を製造し、または譲渡してはならない。

(二)被告株式会社加藤産業は、原告らに対し、別紙第二物件目録記載物件(各金型を含む)を廃棄せよ。

(三)被告らは、それぞれ、原告新井実に対し金七十四万円原告ニューホープ実業株式会社に対し金二百万円、

および各金員に対する昭和三十五年一月二十七月から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(四)訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決および第三項につき仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者双方の主張

原告ら訴訟代理人は、請求の原因および被告の抗弁に対する答弁として次のとおり陳述した。

(権利の取得と実施の許諾)

一、原告新井実は、別紙第三目録記載のとおりの意匠について、次のとおり、意匠権の登録をうけた。

名  称 ラジオ受信機の形状および模様の結合

登録番号 第一四六八五四号

出  願 昭和三十三年四月十八日

登  録 昭和三十四年二月十日

原告新井実は、昭和三十四年十二月二十一日、本件意匠権の二分の一の持分を、原告ニューホープ実業株式会社に譲渡し、昭和三十五年八月十七日その旨登録され、原告らは本件意匠権の共有権者となつた。

原告新井実は、昭和三十四年二月十日頃から、前記共有持分登録の日までの間、この意匠権について、原告ニューホープ実業株式会社に、独占的実施権を許諾し、原告ニューホープ実業株式会社は、その頃から、この独占的実施権にもとずいて、地球儀型ラジオ受信機を製造販売している。

(被告らの実施)

二 被告ラーモ・エス・サスーンは、昭和三十四年六月から同年十二月までの間、被告株式会社加藤産業に対し、地球儀型六石トランジスター・ラジオ受信機二千台の製造を注文し、被告株式会社加藤産業は、この注文に応じて、その頃、これを製造し、被告ラーモ・エス・サスーンに引き渡し、被告ラーモ・エス・サスーンは、その頃、これを米国に輸出して販売したが、その意匠は、ラジオ受信機の球体の表面上の世界地図の海域部分に経度線および緯度線を示す縦横の線が施してあるほかは、すべて本件登録意匠と同一である。

(差止請求)

三、被告らの前項記載の実施行為は、原告らの意匠権を侵害するものであり、被告らは、今後同様の行為をくりかえすおそれがあるので、侵害行為の予防のため、被告らに対し、請求の趣旨第一項記載の裁判を求める。

また、同時に、被告株式会社加藤産業は、その工場内にラジオ受信機部分品および金型(別紙第二物件目録記載の物件)を所有所持しているので、「侵害の行為を組成した物」として、その廃棄を求める。

(損害賠償請求)

四 被告らは、前記実施行為によつて、共同して、原告新井実の意匠権および原告ニューホプ実業株式会社の独占的実施権を侵害したものであり、原告らは、これによつて、次のような得べかりし利益を喪失し、これと同額の損害を蒙つたので、その賠償を求める。

原告新井実は、被告らが前記実施行為をするに当り、原告新井実の許諾を得ていたならば、被告らから相当実施料を得ることができたはずであつたのに、被告らはこの許諾なく実施したため、この実施料に相当する金員を得ることができなかつた。しかして、相当実施料の額は、専用実施権としての実施料の額をもつて相当とし、この額は、一台当り、原告ニューホープ実業株式会社の販売価格である金五千七百六十円の六・五パーセントに当る金三百七十四円であるから、原告新井実の得べかりし利益は、その二千台分として、少くとも金七十四万円でである。

原告ニューホープ実業株式会社は、被告らの実施がなかつたならば、これと同量の販売が可能であつたにもかかわらず、被告らの侵害行為によつて、これができなかつたが、原告ニューホープの実業株式会社が、同量の販売をすることができたとすれば、原告ニューホープ実業株式会社の販売価格と同一価格で販売することができ、同一類の利益を挙げることができるはずであつた。しかして一台当りの利益額は、前記販売価格金五千七百六十円から、製造原価金三千八百円、販売手数料と一般管理費用金五百八十円および実施料金三百七十四円の合計額を差し引いた金一千六円を相当とするから、原告ニューホープ実業株式会社の得べかりし利益は、その二千台分として、少くとも金二百万円である。

よつて、以上の各金員とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十五年一月二十七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(登録無効の抗弁について)

五、被告らは、本件意匠権の登録が無効である旨主張するが、このような主張は、特許庁による「無効とする」旨の審判が確定しなければ、主張することができないものであり、裁判所もまた、その無効を宣言し、あるいは、これを前提として判断することはできないものである。

のみならず、本件意匠権は、原告新井実がみずから考案したうえ、その登録を出願したものであり、他人の考案を冒認したものではない。

(先使用権の抗弁について)

六 被告らの先使用権の抗弁として主張するところのうち、スチブンス社から昭和三十二年十二月頃、阪急貿易株式会社を通じて、原告ニューホープ実業株式会社に対し、球型トランジスターラジオ受信機の製造について引合いのあつたこと、昭和三十三年一月末日に、スチブンス社のクラインおよびベントリーが原告ニューホープ実業株式会社と折衝したのち、同年二月一日、前記ラジオ受信機についての製造販売契約が成立し、原告ニューホープ実業株式会社がスチブンス社のためにラジオ受信機を製造し、スチブンス社がこれを一手に販売することになつたこと、同年二月十五日、金型の代金として、少くとも千二百五十ドルがスチブンス社から原告ニューホープ実業株式会社に支払われたこと、および原告ニューホープ実業株式会社がその頃から前記ラジオ受信機の製造に着手し、同年七月から昭和三十四年二月までの間、少くとも二千八百五十台を製造してスチブンス社に引き渡したことは認めるが、そのほかの事実は否認する。

スチブンス社から原告ニューホープ実業株式会社に引合いのあつたトランジスター、ラジオ受信機の意匠は、いずれも、地球儀型のものではなく、球型のものであり、本件意匠権の範囲には属しないし、原告ニューホープ実業株式会社が製造してスチブンス社に引き渡したラジオ受信機もまた本件意匠権の範囲には属しないものである。

被告ら訴訟代理人は、請求の原因に対して、次のとおり陳述した。

(請求の原因に対する答弁)

一  請求原因一記載の事実のうち、本件意匠権の登録に関する事実は争わないが、原告らが権利者であることは否認する。

後述のように、原告新井実の本件意匠の登録出願は、登録をうける権利を冒認したものである。原告ニューホープ実業株式会社が独占的実施権を有していたことは知らない。

請求原因二記載の事実は、台数を除いて認める。台数は二千台の注文があつたが、現実に引き渡されたのは一千五百九十八台であつた。

請求原因三記載の事実のうち、被告株式会社加藤産業が別紙第二物件目録記載の物件を所有所持していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告株式会社加藤産業は、すでにその実施行為を中止し、これを再開する計画もない。

請求原因四記載の事実は、すべて否認する。

(登録無効)

二 本件意匠登録は、原告新井実が、登録をうける権利を冒認して、されたものであり、無効である。すなわち、本件登録の意匠は、本来スチブンス社の社長であるエドワード・クラインがおそくとも昭和三十二年十月頃考案創作したものであり、スチブンス社は、この意匠のトランジスター・ラジオ受信機を、日本の業者に注文して製造させたうえ、これを米国内に販売しようとして、昭和三十二年十二月頃、原告ニューホープ実業株式会社に、この意匠を示し、ついで、昭和三十三年二月一日、製造販売に関する契約が成立したところ、原告新井実は、これを、ほしいままに、特許庁に登録の出願をしたものである。

したがつて、原告らの本件意匠権にもとずく権利の行使は、許されない。

もつとも、冒認を理由として、特許庁に対し意匠権を無効とする旨の審決を請求する手続はあるが、そのような手続によらないでも、無効を主張できるものと解すべきである。

(先使用権)

三 かりに、以上の主張が理由がないとしても、被告らの実施行為はスチブンス社の先使用権にもとずくものである。

すなわち、スチブンス社は、前記の昭和三十三年二月一日付契約にもとずいて原告ニューホープ実業株式会社に対し、スチブンス社の社長のクラインの考案にかかる本件登録意匠と同一の意匠を示して、製造を依頼し、同年二月十五日、金型の代金として千八百七十五ドルを支払い、原告ニューホープ実業株式会社は、これに応じて、登録意匠と同一の意匠の受信機の製造に着手していたのであるから、スチブンス社は、原告新井実が本件意匠につき登録出願をした昭和三十三年四月十八日現在において、善意で、本件意匠につき製造販売の事業をしていたものであり、その事業の目的たる意匠の範囲内において、いわゆる先使用権を有するものである。

しかも、被告らの実施行為は、もつぱらスチブンス社のためのものであるから、その先使用権にもとずく適法なものである。すなわち、被告ラーモ・エス・サスーンは、昭和三十四年五月スチブンス社から原告らの主張するとおりのラジオ受信機二千台の注文をうけ、その頃、被告株式会社加藤産業にその製造を依頼し、被告株式会社加藤産業はこれに応じて、注文の二千台のうち千五百九十八台を製造し、これを全部被告ラーモ・エス・サスーンに引き渡し、被告ラーモ・エス・サスーンはその全部を、その頃、スチブンス社に引き渡したものである。

第三  証拠関係<証略>

理由

(争いない事実)

一  原告新井実が本件意匠権について登録を得、原告ニューホープ実業株式会社に、その二分の一の持分権を譲渡した旨の登録のあること、被告株式会社加藤産業が、被告ラーモ・エス・サスーンの注文によつて、地球儀型六石トランジスター・ラジオ受信機を、千五百九十八台製造して引き渡し、被告ラーモ・エス・サスーンがこれを米国に輸出販売したこと、被告株式会社加藤産業が、別紙第二物件目録記載の物件を所有所持していること、および、原告ニューホープ実業株式会社が昭和三十二年十二月頃、阪急貿易株式会社を通じて、スチブンス社からトランジスタ・ラジオ受信機の引合いを受け、昭和三十三年二月一日、両者間に製造販売契約(ただし、その対象物の意匠の点を除く。)が成立し、これにもとずいて、スチブンス社は同年二月十五日、金型の代金として、少くとも千二百五十ドルを、原告ニューホープ実業株式会社に支払い、原告ニューホープ実業株式会社は、その頃、スチブンス社のため、このラジオ受信機の製造に着手し、同年七月から昭和三四年二月までの間、少くとも二千八百五十台をスチブンス社に引き渡したことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

(意匠権の帰属)

二、原告新井実が本件意匠権の登録を得ていること、同原告が原告ニューホープ実業株式会社にその二分の一の持分を譲渡し、その旨の登録を経ていることは、当事者間に争いのないところこの権利の消滅その他原告らが実質上の権利を有しないことを認め得べきなんらの資料もないから、原告らは、その登録にかかる持分二分の一ずつの権利を有するものといわざるをえない。

被告らは、この点について、原告新井実の登録出願が、登録をうける権利を冒認してされたものであるから、原告新井実のため権利は発生していない旨主張するが、かりに、このような事実があるとすれば、審判をもつてその登録を無効とすることを請求しうべく、(意匠法第四十八条第一項、同施行法第二十一条第一項旧意匠法第十七条第一項第三号)このような手続をとらないで、独立した訴訟を提起して登録を無効とすることはできないから(意匠法第五十九条第二項、特許法第百七十八条第六項)、この手続によつて登録を無効としたうえでなければ、登録が無効であることを主張することは許されない、と解するほかはなく、被告らの前示主張は理由がない。

(先使用権が発生したかどうか)

三 まず、スチブンス社と原告ニューホープ実業株式会社との間に成立した昭和三十三年二月一日の製造販売契約において、対象とされたラジオ受信機の意匠および原告ニューホープ実業株式会社がスチブンス社のため製造して引き渡したラジオ受信機の意匠が、本件登録意匠と同一であつたかどうかについてみるに、(証拠)を総合すると、昭和三十三年一月末日スチブンス社のクラインおよびベントリーと、原告ニューホープ実業株式会社の代表権限を有する取締役大原弘および社員高山仲彦との間に、製造されるべきラジオ受信機の意匠について折衝が行われた結果、スチブンス社の提案した意匠と、当時すでに原告ニューホープ実業株式会社において考案されていた意匠とを参照し、原告会社の技術陣において、さらに検討したうえ完成すべき意匠によつてラジオ受信機を製造して、スチブンス社に引き渡すべきこととしたこと、したがつて、契約当時において、契約の対象物の意匠は、いまだ県象化されなかつたとはいえ、その大綱において一致し、若干の修正や技術的な処理にともなう変更については、製造を担当する原告ニューホープ実業株式会社に一任されていたのであるから、登録意匠を含みこれに類似する範囲の意匠が契約の対象とされたものであることが認められる。

(中略)

以上の認定したところによると、スチブンス社は、本件意匠の登録出願の際、原告ニューホープ実業株式会社に、本件登録意匠と類似する意匠によるラジオ受信機を製造させていたこと、および原告ニューホープ実業株式会社の製造は、もつぱらスチブンス社に引き渡すために、されたものであることは明らかであるから、このような事実関係のもとにおいては、スチブンス社は本件登録意匠につき、善意で製造販売の事業をしていたもの、と認めるのが相当である。

すなわち、「登録出願ノ際現ニ善意ニ国内ニ於テ其ノ意匠実施ノ事業ヲ為シ」(旧意匠法第九条)たることを理由として製造販売に関する先使用権を主張する場合における「実施ノ事業」は単にみずから事業設備を有して製造販売している場合のみならず、前記の場合のように、みずから製造設備を有しなくても、その設備を有する他人に対し、自己の創作にかかる特定の具体的意匠を示して、自己のためにのみこれを製造させ、その製品を買い入れて、業として他に販売する場合であつても、なお社会通念上、製造販売すなわち、意匠実施の事業をしている、といつて差し支えない、と解され、したがつて、その限りにおいては、スチブンス社は、本件意匠実施の事業をしていた、といえるし、また「善意ニ」といえるかどうかについても、スチブンス社は、登録意匠について、その出願当時において、原告ニューホープ実業株式会社が、その考案にかかる意匠を有していたことを知つていたから、その製造の事業も、他人の考案を利用した面がないわけではないが、前掲各証拠(ことに、その成立に争いのない丙第一号証の記載)によつて明らかなように意匠に関する一切の権利をスチブンス社に帰属させることを前提として、製造販売に関する契約を締結して、製造させたものであるから、原告ニューホープ実業株式会社の意匠登録をうける権利を害する意思をもつて、製造の事業を実施していた、とはいえないし、このようにみてくると、これをもつて「善意ニ」事業を実施していた、と認めるのが相当である。

したがつて、スチブンス社は、製造販売の事業の目的である意匠範囲内において、実施の権限を有するもの、といわなければならない。

(被告らの実施は適法か)

四 そこで、被告らの実施がスチブンス社の先使用権を援用しうるかどうかについてみるに、(証拠)によれば、被告ラーモ、エス、サスーンは、スチブンス社から、本件登録意匠と類似する意匠のラジオ受信機の現物(原告ニューホープ実業株式会社の製品)を示されてその注文をうけ、これにもとずいて被告株式会社加藤産業に、自己のためのみに、同一意匠の製品を製造させたうえ、引渡をうけて、これをすべてスチブンス社に納入したことが認められこれに反する証拠はなく、この事実によれば、被告らの実施は全くスチブンス社のためにのみ、行われたことは明らかといわざるをえない。

しかも、スチブンス社は、前記のように、本件登録意匠について、製造販売について先使用権を有するところ、先使用権にもとずく製造販売についても、さきに説示したように、必ずしもみずから設備を有して製造する場合のみならず、他人に当該意匠を示して自己のためのみに製造させることもまた、その範囲に含まれるものとして許されるところ、といわなければならないし、また、他人に、製造させる場合にも、意匠登録の出願当時に製造させていた者以外の者に製造させても、自己の製造の事業の範囲内に止まるかぎりにおいては、なお、先使用権の行使として許されてしかるべきであるから、被告らの実施は、いずれも、スチブンス社の先使用権を援用しうるものというべきである。

(むすび)

五 叙上のとおり被告らの実施行為は先使用権にもとずく適法なものというべきであるから、原告らの本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却を免れない。よつて、訴訟費用について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所氏事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 田 倉   整

裁判官 楠   賢 二

(別紙)第一、第二、第三物件目録

<省略>

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